日本初の民間分譲マンション | 誠和不動産販売株式会社
日本初の民間分譲マンション
著:誠和不動産販売 更新
著:誠和不動産販売 更新
今から遡ること59年前の昭和31年、民間で最初の分譲マンションが誕生しました。
「四谷コーポラス」(販売:日本信販 現/日本開発株式会社)。
現在も中古マンションで販売されることがあり、50年以上の築年数を経過するもJR四ツ谷駅から徒歩6分の好立地条件、周辺環境の利便性も良く、今ではレトロなイメージで人気は、衰えていない様子です。
「四谷コーポラス物件概要」
5階建て総戸数28戸
分譲価格は3LDK約230万円。大卒初任給がおよそ1万円の当時としては破格の高額物件で、
著名人や医師、大学教授などが多く入居していた。
住戸タイプがA型とB型の2つ
A型は77.02平方メートルで上下2層のメゾネットタイプ(約233万円/昭和31年当時)24戸。
B型は、51.57平方メートルの平面タイプ(約156万円/昭和31年当時)4戸。
間取りや内装はA型B型とも、水回り以外は、購入者の希望を取り入れるという
「フリーオーダー形式」が採用されていた。
△歴史を感じる当時の販売パンフレットですね。
現在不動産取引では使用することが珍しくなった割賦販売方法を採用したのも、これが初めてのことでした。
同時期に担保の対象者として高額所得者が銀行から融資を受け住宅購入が可能となる大きな変革も起きました。
昭和37年にマンションの基本法である「建物の区分所有等に関する法律」(一棟の建物の一部、区分建物)を独立した所有権の対象とすることができるよう、その場合の権利関係について定める法律)が制定され、その後、賃貸マンションの法的位置づけが明確となったため、マンション所有が個人の資産として認められるようになりました。
その後、昭和39年(1964年)開催の東京オリンピックを機にマンションの供給が増え、景気の上昇、区分所有法制定による条件整備などが重なり、第1次マンションブームが起こりました。
平成32年(2020年)開催される東京オリンピックで一時的な景気上昇は予想されますが、物がない時代と物がある時代とで、どのくらいの差が出るのか非常に興味があるのは私だけではないかと思います。
「四谷コーポラス」(販売:日本信販 現/日本開発株式会社)。
現在も中古マンションで販売されることがあり、50年以上の築年数を経過するもJR四ツ谷駅から徒歩6分の好立地条件、周辺環境の利便性も良く、今ではレトロなイメージで人気は、衰えていない様子です。
「四谷コーポラス物件概要」
5階建て総戸数28戸
分譲価格は3LDK約230万円。大卒初任給がおよそ1万円の当時としては破格の高額物件で、
著名人や医師、大学教授などが多く入居していた。
住戸タイプがA型とB型の2つ
A型は77.02平方メートルで上下2層のメゾネットタイプ(約233万円/昭和31年当時)24戸。
B型は、51.57平方メートルの平面タイプ(約156万円/昭和31年当時)4戸。
間取りや内装はA型B型とも、水回り以外は、購入者の希望を取り入れるという
「フリーオーダー形式」が採用されていた。
△歴史を感じる当時の販売パンフレットですね。
現在不動産取引では使用することが珍しくなった割賦販売方法を採用したのも、これが初めてのことでした。
同時期に担保の対象者として高額所得者が銀行から融資を受け住宅購入が可能となる大きな変革も起きました。
昭和37年にマンションの基本法である「建物の区分所有等に関する法律」(一棟の建物の一部、区分建物)を独立した所有権の対象とすることができるよう、その場合の権利関係について定める法律)が制定され、その後、賃貸マンションの法的位置づけが明確となったため、マンション所有が個人の資産として認められるようになりました。
その後、昭和39年(1964年)開催の東京オリンピックを機にマンションの供給が増え、景気の上昇、区分所有法制定による条件整備などが重なり、第1次マンションブームが起こりました。
平成32年(2020年)開催される東京オリンピックで一時的な景気上昇は予想されますが、物がない時代と物がある時代とで、どのくらいの差が出るのか非常に興味があるのは私だけではないかと思います。
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